14年ぶりに狂犬病
「国内で14年ぶりに狂犬病発生」というニュースが出ましたので、触れておきます。
患者さんはフィリピンで犬に咬まれ来日後に発症していますので、「日本国内の犬からの感染ではない」という点は強調しておきます。
さて、この狂犬病という動物由来感染症は致死率がほぼ100%です。
そのことは比較的良く知られているのですが、
・犬だけでなく哺乳類全てに感染すること
・感染した後でもワクチンを打てば助かる場合があること
を以前に書きました。
その時にも触れたのですが、狂犬病の特徴の一つは「潜伏期間が長い」ということです。
今回の患者さんがフィリピンで犬に咬まれたのは去年の9月。
今は5月ですから、潜伏期が約8ヶ月あったということになります。
狂犬病の潜伏期間が数ヶ月というのは普通ですので、今回の例が特に長いわけではありません。
世界的には「潜伏期間が8年」という例も報告されています。
Phylogenetic and Epidemiologic Evidence of Multiyear Incubation in Human Rabies - PubMed
潜伏期間が長い、ということ。
それはつまり、咬まれた直後にワクチンを打つことで「潜伏期間中に、ワクチンによる免疫獲得のチャンスが生じる」ということを意味します。
・海外では野生動物(犬に限らない)に安易に接触しない
・海外で動物に咬まれたらすぐ医療機関に相談
このことを覚えておきましょう。
今回、もう一つ付け加えるならば
「日本は、もともとは狂犬病の清浄国ではなかった」
ということでしょうか。
日本が国家レベルで狂犬病の撲滅に成功したのは戦後のことです。
それまでは日本に狂犬病が存在していました。
江戸時代にも、戦後の混乱期にも狂犬病によって多くの死者が出ています。
しかし、結果として日本は、世界的に未だ終息に至らない、致死的な動物由来感染症の撲滅に成功しました。
このことはコロナ禍の時代を生きている我々に勇気と自信を与えてくれるように思います。
もう一度、みんなで力を合わせて乗り越えましょう!
針の誤飲! 続報
前回、「針の誤飲が続出しているのでは?」ということを書きました。
ここしばらく、「沖縄県獣医師会」という小さなコミュニティの中でとは言え、縫い針やまち針の誤飲件数が非常に多いことがわかってきました。
そこで沖縄県獣医師会は県下動物病院に緊急アンケートを実施し、その全容を把握しました。
先ほどその結果がプレスリリースされ、Yahooニュースにも掲載されています。
新型コロナウイルスへの警戒
→マスクを自作する人が増える
→裁縫のため、針を使う人が増える
→室内にいるペットと針の接触機会が増える
→針を誤飲する症例が増える
という背景であろう、と予測されます。
犬も猫も、縫い針やまち針に興味を示して口に入れる習性があります。
(*この子猫は今回の誤飲事件とは無関係ですが、子猫は特によく生活用品を口に入れますね)
さて常識的に考えて、これが沖縄県だけで起きている現象とは思われません。
全国的に、同時多発的に起きている可能性があります。
そして、そのような事故が「起きている」ということを飼い主さんが発見できていない可能性もあります。
私が診た症例の場合、猫は一瞬で針を飲んでいました。
もともと針が何本あったか明確でない場合、引き算が成立しません。
「針を飲んでしまった」という事すら飼い主さんは把握できないわけです。
「急に具合が悪くなって‥‥」
「裁縫をなさいませんでしたか?そばにこの子がいませんでしたか?」
という問診がしばらく大事になるでしょう。
先ほどの私が診た例では、飼い主さんは「マスクを縫って、ある施設に寄付しようと」なさっていました。
善意の行いが裏目に出たわけで、こういった出来事はもう起きてほしくないなと思います。
縫い針の誤飲。
くれぐれも注意を!
針の誤飲!
「うちの猫ちゃんが」
「飲んだんですか?まち針を?」
「たぶん‥‥。一本無いんです。遊んでるところを見たんです。アッと思ったら無くなっていて」
「この、残ってる針と同じ長さですか。しかしこりゃあ、飲めるような長さでは‥‥」
「でも、無いんです。飲んだとしか‥‥」
翌日他院を受診してもらい、レントゲンを撮ったところやはり飲んでいたそうです。
開腹手術になったとのこと。
ところが。
奇妙な事に、これと似たような話が獣医師会で出ました。
そして、
「うちの動物病院にも同じような猫が」
「私のところには犬が」
「こっちのは、まち針ではなく針付きの糸でしたよ」
という報告が続出しました。
新型コロナの影響下、自家製マスクを縫う方が多くなっています。
そして犬も猫も、まち針や糸のついた針を飲み込む習性があります。
しかし小さな地方獣医師会内で、ここまで同じような症例報告が続くとは‥‥。
もしやこれは、全国的な規模で起こっていることなのでは‥‥?
飼い主の皆さん、自宅にいるペットが針を誤飲せぬよう注意しましょう。
いま三密回避のため、多くの動物病院が診療数を制限したり、診療を停止しています。
針を誤飲したとき、かかりつけの動物病院も、その他の動物病院も対応できない場合があります。
針の誤飲。
くれぐれも注意です。
動物への感染について 新型コロナ続報④
この新型コロナウイルス感染症については未知の部分が多く、情報が日々更新されていきます。
例えば、大手の動物臨床検査会社である「アイデックスラボラトリーズ」は定期的に新型コロナ情報を更新しています。
このサイトには、現時点(2020年4月26日)で以下のような記述があります。
「現時点において、SARS-CoV-2が原因となったペットの呼吸器感染症の報告はありません。現在分かっていることは、COVID-19は人に固有の感染症であり、人獣共通感染症であるとは考えられていません。米国疾病対策センター(CDC)でも、ペットがSARS-CoV-2を伝播するとは考えていません。また、現在までに米国内でペットの感染例や発症例の報告はありません」
しかし、そのCDCは4月22日、ニューヨーク市内で飼い猫2匹が感染したと発表しました。
この2匹は臨床症状(呼吸器系)が出たため検査を受けて、感染が判明しています。
2匹はそれぞれ別の場所で飼われていた猫です。
1匹は飼い主が新型コロナウイルス陽性であり、ヒトからの感染がうかがえます。
もう1匹は飼われている家庭に新型コロナウイルス感染者がいなかったため、外で感染してきた可能性も指摘されています。
幸い、2匹とも症状は軽いということです。
「ヒトから猫への感染」という事例はこれからも出てくるものと思われます。
ただ、それが起こりやすい現象なのか、レアケースなのかはいまだ不明です。
また、猫から猫への感染についても、今回のように「ヒトから感染したかどうかよくわからないが、外に出る猫が感染している」という事例がどのように増えてくるか、猫からの感染がどの程度疑われるか、を注視する必要があります。
「状況が日々変わる」という意味では、先ほど触れたアイデックスラボラトリーズによる大規模な調査もそうです。
この会社が犬・猫・馬から得た3500検体以上を検査した結果、すべての検体がSARS-CoV-2 (COVID-19)検査陰性であった、という結果を公表しています。
IDEXX社のSARS-CoV-2 (新型コロナウイルス感染症) に対するリアルタイムPCR検査
ちなみにこれらの検体の内訳は
採材地域:米国(50州すべてを含む)および韓国
動物種:犬55%、猫41%、馬4%(呼吸器疾患および下痢のPCR検査を目的にIDEXXが受託した検体)
採材部位:呼吸器77%、糞便23%
検体採取期間:2020年2月14日~3月12日
「3500検体以上を検査して、陽性が0なら安心じゃないか」
と直感的には思うのですが、これはあくまで「呼吸器疾患・下痢の動物から得られたデータ」であり、「新型コロナウイルス感染者が飼っていた動物から得られたデータ」ではない、という点を押さえておく必要があるでしょう。
また、検体採取の最終日であった3/12時点でのアメリカにおける新型コロナウイルス感染者は1668人、死者は40人でした。
しかし現在、直近の4/25のデータでは、アメリカにおける感染者は89万人、死者は5万人です。
感染者数は500倍以上、死者数は1200倍以上に増加しています。
感染者が動物と接する機会は3/12以前と現在で文字通りケタ違いだと推察されます。
この状況下で同様の検査を行った場合、前回と同じ結果になるかどうか‥‥?
それはまだわかりません。
ともかく、全世界の感染状況について見やすいサイトを紹介しておきます。
チャートで見る世界の感染状況 新型コロナウイルス:日本経済新聞
常に最新の情報に基づいて行動する必要があります。
また、動物の感染に関するニュースへのコメントの中に
「人間ですら検査待ちなのに、動物が検査優先とか」
というような意見を見ました。
確かに直線的な感情としてそのように考えることができるかも知れませんが、これはもっと包括的な問題です。
恐らく我々が真剣に考えねばならないのは、
「この感染症は動物界のどこまで進出しているのか」
ということです。
このブログで以前から書いているように、もし猫において拡散した場合、コロナ後の世界では猫を飼うことすら難しくなる可能性があります。
畜産動物に波及した場合、食肉や乳製品、あらゆる食品に影響が出る可能性があります。
鳥類に感染するようなことがあれば、このウイルスは渡り鳥と共に大陸間を定期的に飛翔し、国単位での終息を妨げる危険性もあります。
動物への感染実態を調査すること、これは単に獣医療の観点からのみで論じられることではありません。
ヒトは物理的にも精神的にも、動物の恩恵を受けてきました。
彼らを守る責務があるはずです。
正確な情報に基づいて、理性的な行動を取りましょう。
もっとも進化した脳を持つ動物である人間には、それができるはずですから‥。
Unsung Hero 〜謳われることなき英雄〜
NEWSWEEK日本語版に「猫への新型コロナウイルス感染」に関する記事が掲載されました。
内容は私が前回お伝えしたことと同じですが、より分かりやすく解説されています。
・ヒトから猫に感染すること
・猫から猫へも感染すること
ここまでは学術的なエビデンス(証拠)が固まりつつあると見ていいでしょう。
幸い、猫からヒトへの感染は現時点において確認されていません。
さて、今日はのら猫の話をします。
私はかねてより
「のら猫の問題は動物福祉の問題であると同時に、動物由来感染症のリスク低減に関する問題である」
と主張してきました。
「のら猫が街を行き来する現状のままでヒトと猫の間にまたがる動物由来感染症が発生すれば、想像を絶する混乱が起きる」ことが予測されたからです。
であるが故に、のら猫や捨て猫を減らすために活動している多くの方々のことが獣医師として、そして友人として常に気がかりでした。
もちろん、捨て犬や多頭飼育崩壊の動物の問題に向き合っている愛護団体やボランティアの方々のこともです。
なぜならばその人たちは単に動物愛護に関わっている集団ではなく、
動物由来感染症リスクの高い動物をリスクの低い状態に移行させている集団
でもあるからです。
であるが故に、
この問題の最前線にいる愛護団体、ボランティアの方々を動物由来感染症から守る研修・知識・情報が法に基づいて提供されるべきである
と主張してきました。
新型コロナウイルス感染症に関して言えば、ヒトから猫、猫から猫へ拡散させることは絶対に防がねばなりません。
そのためには、飼育者がその自覚を持つことが非常に重要です。
加えて大事なことは、動物愛護団体やボランティアの方々の生命を守らねばならないということです。
動物愛護団体やボランティアの方々は、のら猫を減らすことによって、「動物由来感染症の拡大によって社会が受けるダメージ」を低減させています。
その彼らを動物由来感染症から守るための情報や研修が必要です。
そしてそれは法を伴ったものでなくてはいけません。
職業として動物を扱う動物取扱責任者の場合、年1回以上の研修を受けなければならないことが動物愛護法に定められています。
しかし動物愛護団体やボランティアさんはその対象ではありません。
感染症の種類、消毒のやり方、手袋の着脱方法など感染を防除するために必要な知識。
恒常的にそれらが必要だと感じます。
もし日頃から高いレベルでそれを身につけている集団であれば、動物由来感染症の拡大が起きてもそれを無防備な状態で迎える事にはならないでしょう。
ですから、
・動物愛護活動に関わる人たちが動物由来感染症リスクの高い動物をリスクの低い状態に移行させている集団でもあるということ
・その人たちが動物由来感染症を防ぐ知識を得ることが法によって保障されるべきだということ
それを改めて訴えたいと思います。