武漢 : 猫での感染拡大? 新型コロナ続報③
中国の武漢で原因不明の肺炎が報告されはじめたのが2019年の12月ごろ。
それが、こんにちの新型コロナウイルスによる騒擾と混乱につながったことは言うまでもありません。
そして今月、バイオアーカイブ(bioRχiv)上に
「武漢で同じウイルスが猫の間に広がりつつあるのではないか」
という論文が投稿されました。
以前にも触れましたが、bioRχivはまだ査読が終わる前の論文を扱う場です。
原文はこちらです。
SARS-CoV-2 neutralizing serum antibodies in cats: a serological investigation | bioRxiv
要約すると、
・武漢での(ヒトにおける)感染拡大の後、猫から採取した血清102例中、15例が新型コロナウイルス抗体陽性であった
・ヒトでの感染拡大の前に採取していた39例は陰性であった
・このことから、人から猫への感染が起こったと考えられる
ということになります。
これは先に紹介した、ニューヨークにおける飼育員から虎への感染事例や
ハルビンでの研究結果
から十分に予測できたことでした。
それが実際の臨床データとして上がって来たことになります。
結果を述べたあと、論文は以下のように考察しています。
These results demonstrated that SARS-CoV-2 has infected cat populations in Wuhan, implying that this risk could also occur at other outbreak regions.
訳) 武漢において猫の間にSARS-CoV-2(新型コロナウイルス)の感染が見られる、という結果が指し示すものは、この危険が他の感染拡大地域でもまた起こりうる、ということである
(参考画像:往診先で見かけた外猫)
またこの論文では、「飼い猫だけでなく野良猫も新型コロナウイルスの抗体を保有していた」点にも触れています。
その理由について「完全な理解はできないが」と前置きした上で
it is reasonable to speculate that these infections are probably due to the contact with SARS-CoV-2 polluted environment, or COVID-19 patients who fed the cats.
訳)この感染は恐らく、新型コロナウイルスに汚染された環境に接したか、あるいは感染者がエサを与えた事による、と推理するのが合理的である
と考察しています。
繰り返しになりますが
・猫に感染させないように
・猫を外に出さないように
飼い主ひとりひとりが「未来への責任」を果たす必要があります。
とかく暗くなりがちな現状ですが、嬉しいこともありました。
「猫で感染が広がるかも知れない」と往診先にいた子供に話したら
「獣医さんになれば治してあげられるの?」
と返されました。
どうやったら獣医になれるか、ということを説明しました。
診察より時間が掛かってしまいましたが、今日はいい1日でした。
子供は未来を見ています。
ヒトから虎へ? 新型コロナ続報②
前回、「ヒトから猫へ」そして「猫から猫へ」新型コロナウイルスが感染したというニュース記事を補足しました。
このとき、より慎重な検討が必要だと書きました。
・例数が少ないこと
・多角的に検証された臨床例ではないこと
そのような理由からでした。
ヒトから猫への感染を確認できたのは1例だけで、それを検証したハルビン獣医学研究所も人為的に感染を成立させたに過ぎなかったからです。
しかし、ここにきて大きなニュースが飛び込んできました。
ニューヨークの動物園で、新型コロナウイルスが飼育員からトラに感染したとCNNが報じています。
感染が確認されたのはマレートラ。
3月27日に体調を崩し、4月4日の検査で陽性が確認されました。
別のトラ2頭とライオン3頭にも症状が出ているものの検査は未実施です。
(マレートラ Wikipedia)
これは重要な問題です。
ポイントは二つ。
・飼育員が無症状であったこと
・感染したのがトラだったこと
先に、ハルビン獣医学研究所はウイルスを猫の鼻腔内に接種することで感染を確認していました。
つまり「高濃度のウイルスが鼻腔内に直接侵入する」という人為的な経路によって感染が成立したわけです。
しかし今回、新型コロナウイルスに感染していた飼育員は無症状だったと報じられています。
さらに注目すべきは、相手がトラだったことです。
犬や猫で起こるような、ヒトとの濃厚接触(抱き上げたり、顔を舐められたり)があったとは考えにくいのです。
つまり「無症状のヒトから高濃度のウイルスがトラの鼻腔内に侵入する」状況下にはなかったはずです。
また、複数のトラやライオンにも症状が出ていることが併せて報じられています。
つまり人為的な感染経路によってではなく、
・無症状病原体保有者から
・ある程度距離を保った状況下ですら
「ネコ科の動物は新型コロナウイルスの感染を受けるのではないか」という可能性が出てきました。
このことが、人と同じ屋根の下で暮らす飼い猫にとってどれほど脅威であるか。
また、ハルビンでの事例から猫と猫の間でも感染が起こることを想定すると、飼い猫が屋外に出て他の猫にウイルスを拡散させることも考えられます。
もしヒトから猫、猫から猫への感染が世界中で同時進行的に起これば。
その拡散を阻止できるでしょうか。
阻止できなかった場合、恐らく「コロナ以後」の世界は今までと全く違ったものになるでしょう。
その世界で猫は「21世紀初頭、人類にパンデミックを引き起こしたウイルスを保有する動物」としてどのような扱いを受けるのか。
そうならないために。
確定的でない情報の中にあって、予防的措置として
・猫に感染させないように
・猫を外に出さないように
心がける必要があると考えます。
それはあなたの猫を守るためでもあり、猫という種そのものを守るためでもあります。
いや、それはネコ科の動物、そこから伝播する可能性のあるあらゆる脊椎動物、ひいては生態系そのものを守ることにもつながります。
いま、人類は「人類が人類という種の中で食い止めるべき」動物由来感染症と戦っているのかも知れません。
希望を持って、いま出来ることをしましょう。
Don't ever make decisions based on fear. Make decisions based on hope and possibility.
(恐れに基づいて決めてはいけません。決断は、希望と可能性に基づいてするものです)
ミシェル・オバマのスピーチから
猫から猫へ? 新型コロナ続報①
「猫から猫へ新型コロナウイルスが感染する」という報道があります。
2020年4月1日、イギリスの大手一般紙「ガーディアン」が報じました。
記事から抜粋すると
The team, at Harbin Veterinary Research Institute in China, found that cats are highly susceptible to Covid-19 and appear to be able to transmit the virus through respiratory droplets to other cats.
訳) 中国のハルビン獣医学研究所は猫がCovid-19の感染を受けやすく、呼吸飛沫を介して別の猫にウイルスを感染させうることを発見した
ガーディアンの記事の中にある「ハルビン獣医学研究所」は3月30日にバイオアーカイブ上でこの研究結果を発表しています。
原文はこちらで読むことができます。
https://www.biorxiv.org/content/10.1101/2020.03.30.015347v1.full.pdf
この中で同研究所は猫から猫へ新型コロナウイルスの感染が起きることを確認しています。
前回のブログで「ヒトから猫への新型コロナウイルス感染」の事例について書きました。
今回ハルビン獣医学研究所が明らかにした猫から猫への感染の意味するところは、
ヒト→猫→猫→猫→‥‥
という感染拡大の可能性が出てきた、ということです。
だだ、今回の論文の投稿先であるバイオアーカイブ(bioRχiv)はプレプリントリポジトリ、すなわち査読が終わっていない論文を扱う場です。
そう言った意味では、ベルギーの事例も今回のハルビンの研究結果も、より慎重な検討が必要だと考えます。
すなわち例数としては少なく、臨床例として多角的な検証もなされたとは言えないからです。
そして大事なことは、
猫からヒトへの感染は確認されていない
ということです。
続報を待つしかありません。
そして、いま我々ができることは
・ヒトから猫への感染を防ぐ
・猫を外に出さない
ということでしょう。
ひとたび外に出た猫の行動範囲は広く、不特定多数の猫やヒトと接触します。
ハルビン獣医学研究所が言うように、仮に猫が新型コロナウイルスの感染を受けやすく、猫同士で飛沫感染するということであれば‥‥。
野外の猫でひとたび拡散したウイルスを終息させるのは非常に困難と考えます。
そうすると、猫という生物と人間との付き合い方が根底から覆る可能性が出てきます。
とにかく、猫を外に出さずに、より詳しい情報を待ちましょう。
そして同じように必要なのは、人類の知恵と協調性です。
皮肉なものですが、有史以来はじめて全世界が団結すべき共通の敵が現れました。
人類同士の不毛な争いはやめて、ヒトと動物を守るために協力しましょう。
「猫も新型コロナ感染」の報道について
また大きな問題が持ち上がってきました。
飼い主から猫に新型コロナ感染
ベルギーで3月27日に確認された事例です。
これが事実だとすると‥‥
本来はトップニュース級の扱いです。
すでに稀なケースとして香港では犬への感染が確認されていますが、猫となると話が大きく違ってきます。
犬と違い、猫は市町村への登録義務もなく、放し飼いも多く見られます。
そもそもいわゆるノラ猫を含む野生個体も多く、ひとたび感染症が拡散するとコントロールは極めて困難です。
人に移動制限は掛けられますが、猫は人の法の及ばないところで生きています。
ましてや今回は感染した猫にも症状があったということですから、ウイルスが猫の体内で増殖していたと考えられます。
私は獣医師として、皆さんのご家庭の猫のことももちろん心配です。
そして猫が新型コロナウイルスを保持し症状を有するとなると、それを診察する獣医師だけでなく動物看護師・愛護団体やボランティアの方々に「自分の命と健康を守るためどうすればよいか」のガイドラインも必要になってくるでしょう。
ただ、現時点では情報がきわめて断片的です。
私はPCR検査に従事した経験のある一獣医師に過ぎません。
しかしその私でも、
・猫からの検体採取はどのようになされたのか
・PCRはどのような条件下でなされたのか
・コンタミネーション(試料汚染)の可能性はないのか
・複数回の検査による確実性の高い診断なのか
といったような、本来は一番重要な情報が欠けている点に違和感を覚えます。
先ほども動物愛護団体の方と電話で話しました。
「猫が捨てられるようなことにならなければ良いけど‥‥」と当惑しておられました。
外出やイベントの自粛で、犬猫の譲渡会が止まってしまっている状況。
そこへきてこの報道です。
ともかく「新型コロナウイルスの猫への感染」は動物由来感染症の観点から、本来もっと大きく扱われるべきニュースです。
しかし同時に、
「ハッキリした情報がそろった時点で初めて世に出るべき知らせ」
でもありました。
過度な不安と混乱はウイルスそのものより恐ろしいからです。
現時点でできることは「衛生対策を行いながら、詳しい情報の収集につとめる」ということでしょう。
猫に罪はありません。
パニックにならず、続報を待ちましょう。
どうぶつえんにいきました。(3)
年明けに大阪市立天王寺動物園に行ったときのことを書きました。
こんな写真も撮ったことを忘れていました。
ある「動物」の写真です。
このスペースでは来園客が遊具で遊んでいます。
看板には「ヒト 知恵を得て運動能力を捨てたサル」と書いてあります。なるほど。
さて、獣医師というのは大学でひととおり動物のことを学びます。
「猫のことしか勉強しなかったので、牛のことは知りません」
というような獣医さんはいません。
このような話をするとよく言われるのは、
「獣医さんはどんな動物も診ないと駄目だから大変ですね」
ということです。
しかし私からすると、そう言われるのが逆に不思議であったりします。
例えばここに、1種類の動物がいるとします。
何でも構わないのですが‥‥、
パッと思いついたところでジャワサイにしておきましょう。
もし仮に、こんな学部があったらどうでしょう。
・ジャワサイ医学部
・ジャワサイ科学部
・ジャワサイ工学部
そこではもうとにかく、ジャワサイのことしか学びません。
さすがにクレームが来たようです。
「おたくではジャワサイだけやるんですか」
「そうですが、何か」
「研究室単位でならわかりますが‥‥。ジャワサイだけで、こんなにたくさん学部を‥‥」
「断固として、ジャワサイだけです」
「あの‥‥、例えばですね、同じサイ科にスマトラサイなどもいますが‥‥」
「スマトラサイは属が違いますから。あっちはスマトラサイ属、ジャワサイはインドサイ属です」
「しかしいくら何でも、ジャワサイだけというのは‥‥」
「何ですか。1種類だけやっちゃいかんのですか」
「だって、何も特定の1種類だけ多角的にやらんでも。もっと広く浅く、色んな動物をですね‥‥」
「変ですか」
「変ですよ、1種類だけにそんな」
確かにジャワサイは
「ウマ目サイ科の、インドサイ属に分類されるジャワサイ」
という1種類の動物です。
しかし人間もまた
「霊長目ヒト科の、ヒト属に分類されるヒト」という1種類の動物でしかありません。
・医学部
・人間工学部
・人間社会学部
これらは膨大な生物の中から「ヒト」という1種類だけにフォーカスした学問領域です。
それはもちろん我々自身がヒトだからであり、例えばジャワサイが文明を築けばジャワサイ医学部を作るでしょうから、必ずしも奇妙なことではありません。
ただ私のように様々な動物を診ねばならない職域の人間から見れば‥‥、「動物の中からヒトだけ切り取ること」に何となく不思議な感情を抱いてしまうのです。
しかしだからと言って「我々はヒトも診られるはずだ」と言っているのではありません。
医学がヒトという1種類の動物を深く掘り下げる事で得た深遠な知見は、他の動物の未来を明るく照らします。
逆に、獣医学から得られた情報が医学に貢献するという側面も忘れてはいけません。
そして絶対に忘れてはいけないことは、お互いに応用が効くということは、その壁が低いということです。
動物由来感染症。
SARSしかり、MARSしかり。
「種の壁をこえてヒトに感染する」
という種の壁は、我々が思っている以上に低いのかも知れません。