獣医学と歴史(8) 〜ハジラミと大陸移動説①〜
さて前回、猫ハジラミについて書きました。
このハジラミという生物は、実にいろいろな生物に寄生します。
ところが、1種類のハジラミが様々な生き物に寄生するわけではありません。
彼らは自分が寄生する生物へのこだわりが強く、猫ハジラミは猫に、犬ハジラミは犬にしか寄生しません。
鳥類に寄生するハジラミにもたくさんの種類がありますが、彼らにもそれぞれ自分の好きな種類の鳥がいます。
さて。
突然ですがこの人はアルフレート・ヴェーゲナー。
地球物理学者・気象学者。
(Alfred Lothar Wegener : 1880〜1930)
1912年、フランクフルトで開かれた地質学会において彼は前代未聞の説を提唱します。
大陸移動説ー。
彼は、
「現在、大西洋を挟んで向かい合っている大陸はむかし一つの大陸であった。それが漂流して現在の位置に移動した」
と述べます。
このダイナミックな説を壇上から語りかける2年前、ヴェーゲナーは世界地図を眺めていました。
ちなみにこの時代、世界を席巻していたのは大英帝国。当時の世界地図はイギリス、すなわちヨーロッパを中心に描かれていました。
ヴェーゲナーは大西洋を挟む二つの大陸を眺め、あることに気づきます。
「まるでジグソーパズルのように‥‥、二つの大陸は寄り添い合う」
彼は特に、
「南米大陸とアフリカ大陸の海岸線は凹凸がほぼ一致する」
という奇妙な事実を発見しました。
どれどれ、ちょっと大陸の位置をずらしてみると‥‥。
確かに!
(ちなみに現在の技術を用いて、海岸線ではなく大陸棚のレベルでつなぎ合わせるとさらに凹凸が一致します。)
ともかく彼はこの理論を拡張し
「現在の大陸は、かつて一つの巨大な大陸であった」
と提唱するに至ります。
(「大陸と海洋の起源」:ヴェーゲナー)
プレートテクトニクス理論の存在する現在でこそ、ヴェーゲナーの説はトンデモ説ではありません。
しかしこの時代「大陸が動くはずないでしょうが」という反論が多く存在しました。
ヴェーゲナーは自説の地質学的な証拠を求めてグリーンランドへ。
しかし過酷な探検の途中、過労により50歳という若さで世を去ります。
しかしこの時代を生きたヴェーゲナーは、決して孤立無援ではありませんでした。
(Vernon Lyman Kellogg : 1867〜1937)
この人物は奇妙な事実を提示して、大陸移動説に追い風を与えます。
その証拠となる生き物こそ、ハジラミだったのですが‥‥。
そろそろお時間、次回に続きます。
君はシラミを知っているか
「君は〜を知っているか」という題にすると、不思議に閲覧数が多くなるので、そうしてみましたが‥‥、
先日、シラミのついた猫を診ました。
シラミ、という生き物を知らない世代の方もいます。
ということで、これがシラミです。
正確には、猫ハジラミです。
‥‥‥。
‥‥‥わかりにくいですね。
マーキングしてみましょう。
‥‥‥。
‥‥‥まだ、わかりにくいですね。
拡大してみましょう。
‥‥拡大しても、こんなものです。
シラミの大きさは約数ミリ。
この猫は白い毛ですから、まだわかりやすい方です。
茶〜黒系の猫だとなかなか発見できません。
顕微鏡で拡大すると、こんな風に見えます。
(上が頭で、腹部は途中で画像が切れています)
猫ハジラミに感染すると、猫は皮膚炎を起こしてイライラしたり、毛が抜けたりします。
また、シラミは条虫(いわゆるサナダムシ)を媒介することがわかっています。
ではどうやって駆除するかというと‥‥、
スポット式の滴下剤が良いでしょう。
いわゆる首の後ろにつけるタイプの薬剤です。
ただし、注意点があります。
滴下剤の中にはシラミをやっつけない製品もあります。
例えば「レボリューション」。
ハジラミ駆除には対応していません。
そのかわり、ミミヒゼンダニを駆除できるという強みを持っています。
「ブロードライン」もハジラミには対応しません。
その代わり、消化管内寄生虫(お腹のムシ)の駆除が得意です。
ハジラミをやっつけてくれる滴下剤ももちろんあります。
「フロントラインプラス キャット」が該当します。
ご覧のように、例え動物用医薬品であってもハジラミを駆除できないものがあります。
そもそも、それがハジラミかどうかは顕微鏡でよく見てみないと分からない場合があります。
必ず獣医さんに相談しましょう。
ちなみに、シラミについてはケロッグさんと言う人が100年ほど前に中々面白いことを言っていますので、次回ご紹介しましょう。
(ケロッグさんと言っても、M1の影響で流行りのコーンフレークとは関係がありません)
猫と「みんなの願い」
前回の投稿に対して、実に様々な意見をいただきました。
そこでひとつ、短いお話を紹介したいと思います。
ある日、人々の心の中に声が聞こえてきます。
神の使いと名乗るその声は、
「重大なお知らせがある」
と語りかけてきます。
・地球は誕生から、宇宙時間で言うところの一周期に達した
・それを祝し神が一つだけ願い事を叶えてくれることになった
・それぞれ、心の中で願い事を決めてもらいたい
・一週間後、それぞれ自分の願い事を一つ念じてほしい
・集計の結果いちばん多かった願いを一つだけ、神が叶えることにする
多様な意見が出ます。
「何より平和だ。核兵器を消してもらおう」
「尽きることのない資源、というのは」
「いや、金だ!金をくれ!」
そして、ついにその日が来ます。
心の中に響く声。
「先ほど集計が終わりました。色々な願いがあるだろうと思いましたが、意外にまとまっていました‥‥。では発表いたします」
神の使いが高らかに発表したその答えは‥‥。
『地球上から人間を立ち去らせて下さい』
でした。
人間たちは最後の瞬間、動物たちの歓喜の鳴き声を聞いた‥‥。
これは「星新一 編 :ショートショートの広場8 (講談社)」に収められているお話です。
野良猫による被害、といってもそれは人から見た一方的なもので、猫から見ると身勝手極まりない論理です。
避妊去勢して繁殖できなくする権利が、我々人間にあるのか‥‥という根源的な問いは発せられるべきです。
一方で現実的には、猫の交通事故死は殺処分件数を上回りつつあります。
このまま繁殖するにまかせれば、「猫と文明の衝突」はますます避けられないでしょう。
我々人類が車を放棄するとも思えません。
猫をこの国に持ち込み、時に繁殖を奨励したのは間違いなく人間です。
しかし「この状況を招いた人間自身が責任を放棄してよいのか」という意見は無視できません。
さまざまな考え方がありますが、
理想と現実の隙間で、今考えうる最善の策をとること。
そこに謙虚さを忘れてはならないこと。
この部分は共有できるのではないかな、と思います。
今日は隣人を思いやる日ですから。
それが人でなくても。
メリークリスマス。
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猫のエサやり問答 (2)
前回の投稿について、少し書き足しておきましょう。
まず、この写真を見てください。
この高齢の女性は一人暮らしで、膝には人工関節が入っています。
奥に猫が見えますが、この猫はさくら猫です。
さくら猫については以下をご参照ください。
彼女は近所の猫を捕まえては避妊去勢し、耳をさくらカットしてもらって、もと居た場所に帰しています。
しかし、その町には彼女を批判する人が多くいます。
なぜなら、彼女は猫をなつかせて捕獲しやすいようにエサをやり、避妊去勢が終わった後も愛着がわいてエサをやります。
しかし彼女が本当に望んでいることは、避妊去勢の終わった猫が誰かにもらわれて町を離れることなのです。
この地域は住宅密集地で、近くには飲食店もあるので糞尿被害や騒音の苦情が発生します。
彼女は日に何度も皿や猫の糞を片付けながら歩いていますが、足が悪いので上手くしゃがむことができません。
昨年は段差で転んで入院されました。
町には彼女のやり方に批判的な人も多くいます。
「結局、また猫を放すんじゃないか」
「捕獲できなかった猫が子供を産んでるじゃないか」
「糞尿被害は相変わらずじゃないか」
確かに、批判する側にも道理はあります。
それにきわめて総論的なことを言えば、その地域の人すべてに対して地域猫の理解や共感を求めることは困難でしょう。
ただ、ひとつ確かなことは、彼女が
「この地域で猫が増えないように努力している」
ということです。
この町の他の人と同じように
「猫にではなく、自分の人生に時間やお金を使う権利」
が彼女にもあるはずなのです。
しかし、彼女は今日も痛む足を引きずりながら、まだ耳カットされていないノラ猫を追っています。
冷静な見方をすれば、彼女は
「その地域の猫を捕獲して避妊去勢させることに特化した能力」
を持っています。
路地裏から袋小路まで、猫のいる場所や頭数をかなり正確に把握しています。
これは、誰かが瞬間的に獲得できる能力ではありません。
人は、送りバントの名手にホームランを要求するでしょうか。
ある一点において卓越した技術を持つ人物に、それ以上の付加価値を求めるべきでしょうか。
出塁率の高い1番打者、長打力のあるクリーンナップが前後を固めれば、送りバントの名手は最高の仕事をするでしょう。
大切なのは、特定の個人に多くを要求しないことだろうと思います。
各地に点在する地域のボランティアさんには高齢者が多く、ネットを介した情報発信や譲渡活動を得意としない傾向にあります。
一方で、若い世代の方はクラウドファンディングを活動資金に充てたり、人が集まるイベントを企画してそこで譲渡会を開いたりします。
捕獲を手伝う人。
譲渡会に連れて行く人。
それまでの期間、保護する人。
その情報を拡散する人‥‥。
それをつなぎ、応援する力が必要です。
譲渡会に場所を提供してくれる企業も多くなってきました。
明日も浦添市牧港のホームセンターさくもと別館で譲渡会があります。
皆さんも、ぜひ譲渡会に足をお運び下さい。
実際に犬猫を引き取ることができなくても、少し想像してみてください。
命がどうやってここまでたどり着いたのかを。
そして、自分にできることは何かないだろうかと。
猫のエサやり問答 (1)
往診中、少し時間が空くことがあります。
公園の駐車場に車を停めて、少し身体を伸ばそうと車外に出ると。
おやおや、まただ‥‥。
ここは海岸沿いの大きな公園。
最近、野良猫が増えています。
あたりを見回すと‥‥。
むむっ、いました。
キャットフードを撒いて歩いているのは60歳くらいの男性。
声を掛けてみます。
「こんにちは」
「ああ?!」
「猫、たくさんいますね」
「‥‥‥邪魔だよ」
「邪魔?」
「あんたがいると逃げるだろ」
確かに私がいると、猫は警戒して寄ってきません。
少し離れた所から声を掛けます。
「‥子猫、どんどん生まれてますね」
「死ぬよ、全部」
「‥‥死ぬ?」
「カラスがくわえて持ってくよ!増えないの!あっち行けよ!」
男性は黙ってキャットフードをばらまきながら歩いています。
距離を取りながら、話しかけます。
「ここで生まれた子猫ね、保護して、避妊去勢して、譲渡してる方がいるんです。費用も全部自分で出してね。私、知ってるんです」
「関係ないよ!」
「あなたがエサやって、猫が増えて、その猫が殺処分されても関係ないですかね‥‥」
「うるさいよ!増えないの!どっか別の場所へ行くの!大きくなったら!猫はそういうもんなの!」
声を荒げて行ってしまいました。
このような方には繰り返し繰り返し、避妊去勢の意義を説明して、猫の数を減らす活動に協力いただけるように説得するしかないように思います。
エサやりの人はその場所の猫の生息数に詳しい。
また、それぞれの猫の性格や特徴を把握しています。
警戒心の強い猫、怪我をしている猫、妊娠中の猫。
その地域でひとたび避妊去勢の活動が始まったとき、捕獲するにあたり大きな助けになるはずです。
それにしても、姿を消した猫は本当に「どこか別の場所」へ行ったのでしょうか。
そうだとしたら、一体それはどこなのでしょうか。
もし、その疑問を抱いた人物が、往診の合間に公園を探索する物好きだったら。
ある昼下がり、公園のはずれ。
防波堤の下をのぞき込んで、ゴミ溜まりの中にそれを見つけるでしょう。
拡大して、マーキングしてみましょう。
猫は確かに、ある日急にいなくなります。
彼らはどこへ行くのか。
少なくとも、理想郷ではないようです。
いま、日本各地で「殺処分することなく野良猫を減らそう」という動きが広がっています。
色んな意見のある人がいますが、まずは現場の情報を共有して、共通のゴールを設定することから始めるべきだと思います。
意見を述べることや会議をすることは、とても大事なことです。
しかし、現場を歩くことを忘れてはいけません。
そして、現場の人の声を聞くことも。