南の往診獣医さんのブログ

往診獣医が獣医師ならではの視点で動物のこと、社会の出来事、その他の話題についてオリジナルイラスト付きで書いています。

12000年前の犬を推理する

昨日、
アブダクション
という推理法について書きました。

何か不可思議な出来事に出会ったとしても、
それを否定したり捻じ曲げたりせずに
「そのような事が現実に起こった」
という所からスタートする推理法です。

今日は過去の出来事に使ってみましょう。
過去といっても、ずいぶんな過去です。
約12000年前、場所はイスラエル周辺です。

当時この地域には、
ナトゥーフ文化」
と言われる文化が花開いていました。

歴史は下って20世紀、この地域の
「アイン・マラッハ」
という町の発掘が始まります。
上の地図だとEynanという場所の近くです。

1978年のある日、この遺跡から
たいへん奇妙な骨が発掘されました。

五十歳くらいの女性の骨です。
これだけだと珍しくありません。
ただ、この骨は妙でした。

撫ででいるのです。
写真の左下、何かを。

子犬です。子犬の骨です。
彼女は12000年もの間、
いたわるように子犬に手を添えていました。

人と犬が同じ場所に埋葬される事は
必ずしも珍しいことではないようです。

しかし大体の場合、
大人の犬が埋葬されます。
死後も主人が狩猟に困らないように。

ところがこの点、
アイン・マラッハの骨は実に不可解です。

葬られた人が(当時としては)高齢女性であり、
恐らく狩猟とは関係のない人物であること。

同じく埋葬された犬もまた、
狩猟とは直接関係のない子犬であること。

この女性はなぜ、子犬と埋葬されたのか。
そこに、どのような意味があるのか。

アブダクションを使って推理すると、
恐らくこうではないかと思います。

「高齢の女性が子犬とともに埋葬されていた」
「関係性から判断して、この犬は飼主に物質的な利益を与える為に飼われていたのではない」
「すると、女性はこの犬に物質的な利益以外の価値を感じていたことになる」

難しい言葉を羅列しましたが、
一言で言えばこういうことでしょうか。

「女性はこの子犬と暮らす日常が幸せだった」



12000年前、すでに人は
「かわいいから飼う」
という感情を持っていたのだと思います。

当時はドッグフードもありません。
きっと自分の食事を分け与えたでしょう。
この時代はほぼ狩猟文化ですから、
食糧事情が良かったかどうかもわかりません。

それでも人は犬を飼いました。

そこにどのような感情が伴っていたのか。
遠い異国の話なのに、今でもそれが
何となく理解できるのは不思議なものですね。