往診獣医の事件簿3 〜犯人はどこに 前編〜
苦しんでいるのは、一歳にもならない琉球犬です。
子犬ではありませんが、まだ幼さが残ります。
直前までとても元気だったといいます。
それが、突然の嘔吐。
小刻みな身体の震え。
横になって動きたがりません。
促すと立ち上がろうとはしますが、
下半身に力が入りません。
もし、この犬を私が診察室で診たら。
恐らく、吐瀉物を検査するでしょう。
そして消化器症状があるわけですから、
画像診断を行うかも知れません。
血液検査も行うでしょう。
神経症状が出ているのも気になります。
ともかく、
「そこにあるもの」
「そこにいるもの」
から情報を得ようとするでしょう。
当然です。
しかしいま私が立っているのは、
切り取られた空間ではありません。
そこには日が照りつけ、虫が飛び、
足の下には土壌があり、農園を吹きわたる風があり、
名も知らぬ植物がその風に揺れています。
「そこにあるもの」
の情報量が圧倒的に多いのです。
ここは飼育環境をひとまず置き、
目の前の動物に集中するべきでしょうか。
一応、一通りの血液検査機器、超音波装置、
顕微鏡などは持って来ています。
出来うる検査を全て行えば、
真相に近づくかも知れません。
しかし、飼い主さんの負担する治療費は
大きな額になるでしょう。
それに、あと一時間後には、
次の往診地点に到着せねばなりません。
そこでも獣医の到着を今か今かと待っています。
膨大な情報、限られた予算、限られた時間。
その中で正確な診断を下し、
かつ的確な治療を施さねばなりません。
さあ、獣医はもう一度、頭を整理します。
この症例にどうアプローチすれば良いのでしょうか。
明日の後編に続きます。