南の往診獣医さんのブログ

往診獣医が獣医師ならではの視点で動物のこと、社会の出来事、その他の話題についてオリジナルイラスト付きで書いています。

推理する、ということ

往診は、ある意味では難しい仕事です。
器材や薬品の持ち運びには限度がありますし、
気候や天候の影響もダイレクトです。

ただ、恵まれている事もあります。
いくつかの症例では
「現場に残されていたもの」
が確定診断の助けになりました。

そしてそれは、
「動物の状況➕現場の状況」から
「何が起こったのか推理する」
ことの重要性を示しています。

その推理法にも色々あり、有名なのは
帰納法」や「演繹法」が挙げられます。

しかし、私がよく使うのは
アブダクション
という第三の手法です。

アブダクションの例を挙げてみます。

例1.
: 朝起きたら庭の芝生が濡れていた
: 夜中に水を撒くものはいない
: すると、夜中に雨が降った事になる

もうひとつ。

例2.
: 山の頂上で貝の化石を見つけた
: この貝は海に生息した貝である
: すると、ここはかつて海だった事になる

さて、私がなぜこの推理法を好むかと言えば、
アブダクション

「突発的あるいは不可解な症例に強い」

からです。
我々の仕事の特性として、
「何らかの異常を認めた事象に対応する」
ということが多くなります。

アブダクションという考え方は
思考の第一段階が
「〜という事がおこった」
から始まるので、
もしその出来事が奇妙なことでも、
ある程度の推理を進めることができるのです。

実際の出来事に当てはめてみましょう。
犬の脱毛に悩む飼主さんがこう言うとします。

「毎夏、背骨にそって皮が一直線にむける」

さあこの事例、どうしましょう。
だいたい、一直線にむけるというのが変です。
それに犬の足は背中には届きません。
夏だけ、というのもひっかかります。
確かに皮膚病は夏に多いではありますが‥。

さて、アブダクション
まず、皮膚について考えます。

「背骨にそって皮が一直線にむける」
「皮膚病で幾何学的に整った病変は稀である」
「すると傷は物理的に擦過した可能性が高い」

次に、夏だけという条件に注目します。
「夏にだけこの現象が起きる」
「夏、犬は日陰にいる時間が長い」
「事件の発生場所は日陰である可能性が高い」

この二つを合わせます。
「夏、この犬は擦過傷を負う」
「その現場は、日陰である可能性が高い」
「その日陰を入念に調べればよい」

そこで飼い主さんに伺います。
夏場、この子はどこで休んでいますかと。

「この子ね、小屋の下に穴を掘るんです」
「穴を?」
「地下室みたいなの作って、そこで寝てるの」

翌年の夏、確認に行きました。
推理の通りでした。

犬の名を呼びます。
小屋の下に掘った穴から出るときこの子は、
背中を小屋にこすりながら出てきました。

アブダクション
実は、皆さんも無意識的に使っています。
しかし意識的に使うとより威力を発揮します。
ぜひお試し下さい。