保護犬のために投げた男の話
私がまだ大学生だったころ。
実習先の動物病院に、あるプロ野球選手の愛犬が来院したことがありました。
私がいない日の来院だったため、実際にその方にお会いしたこともその犬を診たこともありません。
「シモヤナギという選手を知っていますか?」
後日、院長からそう聞かれた私は
「下柳!あの、ピッチャーの下柳ですか!」
そう興奮して聞き返した覚えがあります。
下柳投手のことはファンとしてよく知っていました。
下柳剛投手。
もう引退されましたが、ヒゲが印象的な、さながら荒武者のような風貌のピッチャーでした。
(画像:Wikipedia)
ドラフト4位で福岡ダイエーホークスへ。
50試合に中継ぎ登板しながら10試合で先発するという、規格外のスナミナを持った鉄腕。
その後日本ハムに移籍。
2002年、2勝7敗 防御率5.75に終わり阪神タイガースにトレードされます。
このとき下柳投手は34歳になっていました。
昔に比べて投手寿命が延びたといっても、常識外の酷使に晒されてきた肩。
今後の活躍については否定的な意見が多かったでしょう。
しかし翌2003年には10勝を挙げ、ダイエーとの日本シリーズでも先発して勝ち投手になっています。
そして2005年。
37歳での獲得は、プロ野球最年長記録でした。
一度は捨てられた男・下柳剛の復活。
私も学生時代、修行者のように黙々と投げ込むその勇姿に球場で声援を送ったものです。
その下柳投手は阪神にトレードされてから聴導犬育成への支援活動を始めました。
「人間に捨てられた犬達が、人間の為に、厳しい訓練に耐え、純粋に働いています。捨てた人間は許せませんが、同じ人間として、罪滅ぼしじゃありませんが、少しでも犬の為になればと思います」(下柳剛公式サイトより)
下柳剛オフィシャルサイト 〜Shimoyanagi.com〜
日本聴導犬協会によれば、聴導犬は主に保護犬などからの候補犬を訓練することで育成されます。
マウンドに返り咲いた寡黙な男。
一度は不要の烙印を押された彼は、自ら勝ち取った復活の栄光をなぜ保護犬に注いだのか。
下柳投手はもともと、多くを語りたがらない人です。
シャイな性格で、ヒーローインタビュー嫌いだということは阪神ファンの間では有名でした。
好投した日でも、すぐにロッカールームに引っ込んでしまいました。
しかし彼が口を閉ざせば閉ざすほど、その背中は雄弁に語りました。
彼は半ばボロボロになるまで投げ続け、44歳で選手生命を終えました。
それが自分のためだけではなかったことを、球場で遠い背中に声援を送った人たちは知っています。
最近、訪れた小学校にこんな書棚がありました。
多くの犬が社会で人のために人生を捧げていること。
保護犬への支援の形は一つではないこと。
そして
「昔、そんなピッチャーがいたんだ」
ということが世に知れるといいなと思います。
たぶん、下柳剛さんは自分からは言わないでしょうから‥‥。
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