獣医学と歴史(8) 〜ハジラミと大陸移動説②〜
前回の続きです。
ヴェーゲナーの大陸移動説は多くの批判を浴びました。
「大陸を移動させるだけのエネルギーはどこから供給されるのか」
当時、その問いに対する科学的な答えが存在しなかったのも大きな理由でした。
その一方で、ある人物は生物学の立場から興味深い指摘を行いました。
V.L.ケロッグです。
(Vernon Lyman Kellogg : 1867〜1937)
1913年、ケロッグはある重要な発見をします。
ちなみにこの年はヴェーゲナーが大陸移動説を提唱した翌年にあたります。
ケロッグは、かねてより非常に小さな生き物を観察していました。
その生き物はヴェーゲナーの研究対象である「大陸」より遥かに小さな、比べることすら難しいほどに小さな生き物、「ハジラミ」でした。
彼はハジラミの寄生を受ける鳥類に着目します。
この鳥はオーストラリアに生息するヒクイドリです。
進化によって大型化したため、飛ぶことはできません。
こちらは南米に生息する、同じく大型の鳥類、レア。
彼らも飛べません。
「奇妙なことに、この2種類の鳥には同じ種類のハジラミが寄生しているー」
遠く離れた地で、違う種類の鳥に共通のハジラミが寄生しているのはなぜか。
ヒクイドリもレアも飛べないのだから、大陸間を飛翔することはありません。
するとハジラミもまた、互いの大陸への移動手段を持たないことになります。
「これらの鳥は恐らく、共通の祖先から分化した。祖先の鳥類に寄生していたハジラミは、鳥の進化に追いついていない」
ケロッグはこの他にも、別大陸に住む異種の鳥類に共通のハジラミが寄生している例を発見します。
これは、かつて一つの大陸で暮らしていた鳥が何らかの理由によって隔絶され、それぞれの地で進化したことを示しているのではないか。
すなわち、大陸移動説を補強する生物学的な証拠なのではないかー。
「大陸が移動する」という極めて壮大な出来事。
それを示唆するのが、小さなハジラミという対比構造。
ここに研究の面白さや奥深さを感じます。
「その基礎研究、何の役に立つんだ」
世の中にはそんな研究がたくさんあります。
しかし、役に立つかどうかは誰にも分からないことです。
小さな研究が、時に大陸すら動かすのですから。
みなさま良いお年を‥‥。