南の往診獣医さんのブログ

往診獣医が獣医師ならではの視点で動物のこと、社会の出来事、その他の話題についてオリジナルイラスト付きで書いています。

往診獣医の事件簿16 〜専務、帰る〜

 

秋から冬にかけて、往診中にトックリキワタの花に目を奪われます。

 

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トッキリキワタは中南米原産。

別名「南米ザクラ」。

沖縄では街路樹としてもよく見かけます。

 

さて数年前のある日、私はトッキリキワタの木の下で少しばかり休憩をしていました。

 

と、そこへ電話。

 

「専務が、ベトベトになって帰ってきました!」

「専務というと、例のあの専務ですか」

「はい!外回りに出てたんですよ!」

「それで、ベトベトとはどういう‥‥」

「身体中に、何かベトベトしたものがくっついています。ボンドのような‥‥」

 

そう。

その日、専務は確かに出先から帰ってきました。

それは多くの会社では普通の光景かも知れません。

 

ただ、少し違う点を挙げるとするならー、

ひとつはその日専務がひどく不機嫌で帰社したこと。

そして、その体についたトリモチをはがすため、獣医がやって来たということです。

 

実は、専務というのはある会社の飼い猫の名前です。

とても仕事熱心な猫で、社員の仕事ぶりのチェックにも余念がありません。

 

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その専務は、ひょんなことから外に出てトリモチに引っかかってしまいました。

 

ご存知ない方のために説明すると、トリモチというのは鳥やネズミを捕獲する道具です。

 

極めて粘着性が強く、木の枝などに仕掛けるとそこを通るものは脚や羽が引っ付いて身動きが取れなくなります。

すると、それを捕まえようとした猫もまた二次被害に遭うというわけです。

 

 

さて現場についてみると、確かに専務の身体はベトベトのネチョネチョでした。

毛と毛が妙な所でひっつき、まともに歩けない状態です。

毛を切ろうにもハサミ自体がひっついてどうにもなりません。

バリカンもすぐ動かなくなるでしょう。

 

「どうしましょう‥‥」

会社の人も私が到着する前に何とかしようと試みたのですが、万策尽きたというような状態でした。

 

「大丈夫、方法がない訳でもありません。小麦粉はありますか」

「はい??」

「小麦粉です」

「探してみます‥‥。小麦粉、ですね」

「それから油もです。無ければバターでも構いません」

「??????」

 

さぁ、小麦粉が来ました。

まず、ベトベトの毛の表面にドカッとまぶします。

これでトリモチを剥がさんとした人の手とトリモチがひっつく心配は無くなりました。

もちろん毛と毛もこれ以上ひっつかなくなります。

 

しかしトリモチは毛の奥深くまで入り込んで、まるでゴジラの背中のように固着しています。

そこでさらに小麦粉を奥に練りみます。

このとき油を垂らしながらトリモチとこねあわせるようにして毛の内部まで揉み込んでやります。

 

揉んでいるうちに、「トリモチ+小麦粉+油」の小さな粒ができます。この粒を少しずつ捨てていけば、やがてトリモチは除去できます。

 

こうして専務の機嫌は直り、職場には再び平穏が訪れました。

 

この話には後日談があります。

 

当日、私は連載していた新聞にこの顛末を書きました。

 

するとさすがは専務、自分の載った記事のチェックを欠かさなかったそうです。

 

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トックリキワタの花を見ると、あの日の往診を思い出します。


 

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