南の往診獣医さんのブログ

往診獣医が獣医師ならではの視点で動物のこと、社会の出来事、その他の話題についてオリジナルイラスト付きで書いています。

SFTS とは何か(5)

SFTSもこの第五回で最後です。

 

今日は、

SFTSが動物愛護行政に大きな変化をもたらす可能性」

について述べます。

 

まず、復習も兼ねてSFTSについておさらいしましょう。

 

▶︎SFTS重症 熱性 血小板減少 症候群

▶病原体はSFTSウイルス

マダニからの感染、あるいは犬・猫など感染動物からの直接感染

致死率は約16%

第四類感染症に指定されている

現在、有効な治療薬およびワクチンは知られていない

 

 さて前回もお話しましたが、

SFTSが第四類感染症に指定されたのが2013年です。

しかしこの時点では、この感染症

「マダニが人を刺すことで感染する」

と考えられていました。

 

2017年になって、「マダニ→動物→人」、

つまり「動物からの直接感染」が

起こりうることが判明し、死亡例も報告されました。

そして2018年、宮崎県で

「マスク・手袋着用の獣医療従事者にも感染」

した事例が報告されたわけです。

 

SFTSが西日本を中心に届出報告されていることはお話ししました。

もう一度、国立感染症研究所発表の分布図を出しておきましょう。

 

f:id:oushinjuui:20181214014509p:plain

 

ただこれはあくまでも

「患者の届出があった地域」であって、

SFTSウイルスの分布地図」ではありません。

たとえば北海道のマダニからも、SFTSウイルスは検出されています。

厚生労働省重症熱性血小板減少症候群SFTS)ウイルスの国内分布調査結果(第二報) (平成26年

 

そして、この画像をご覧ください。

実際に、私が往診先で見つけた症例です。

猫の耳の後ろにマダニがついています。

f:id:oushinjuui:20181217002101j:plain

 

捕獲しました。

f:id:oushinjuui:20181217002131j:plain

 

「マダニは犬にはつくが猫にはつかない」

と言われることがありますが、大きな誤解です。

 

写真のように、

猫についたマダニを私は見ることがあります。

そして、吸血部位はことごとく耳の後ろでした。

これは何を意味しているのでしょう。

 

耳の後ろは、猫が舐めとれない場所です。

後ろ足で掻くことはできるでしょうが、

耳周辺は感覚も少々鈍いようです。

 

猫は犬よりも体が柔らかいですから、

マダニの吸血に対して

大抵の場所であれば「舐めとって除去する」

という対策をとれるはずです。

耳の後ろはこの除去方法が有効に発揮できない場所なのではないか・・・

私はそう考えています。

つまり、

「体にマダニが見られないので、この猫はマダニに刺されていない」

という論法は通じない可能性がある、

ということです。

実際、岡山県での調査では衰弱した複数の猫からSFTS感染が確認されています。

 

さて、ここから本題に入ります。

この5回にわたるSFTSの解説を通して、

私が真に申し上げたいのは

 

感染症法第四類に指定されている感染症

動物からの直接感染という経路があることが判明し、

直接感染による死亡例も報告され、

濃厚接触しなかった獣医療従事者への感染も判明し

その感染源である猫は人間の生活環境の近くにいる

 

これを理解した上で、

「こどもが弱った猫を保護しました」

という行為が、果たして

 

動物愛護の観点だけで論じられて良いのか

 

という事です。

もちろん、ボランティアさんたちにしてもそうです。

「公園に弱った野良猫や子猫がたくさんいた」

「殺処分されないよう保護して治療し、良好な健康状態を確認した上で譲渡した」

という行為は、

 

動物愛護的な観点からだけではなく、

公衆衛生学的な観点からも評価されるべきではないのか

 

という事です。

 

狂犬病という感染症があります。

SFTSと同じく、第四類感染症に指定されています。

野良犬は、行政によって捕獲されますね。

それは「狂犬病予防法」によって、

「これを抑留せねばならない」

と定められているからです。

狂犬病予防法 第六条)

 

よく誤解されることですが、

日本は最初から狂犬病の清浄国ではありません。

数度の大流行を経験し、多くの死者を出し、

ようやく戦後になって撲滅に成功しました。

 

もし仮に、このSFTSの直接感染によって、

あってはならないことですが、

「弱った動物を助けようとした」

子供が命を落とすようなことがあったら。

いや命を落とさないまでも、

直接感染の症例数がこのまま積み重なっていったら。

 

「うちの庭に野良猫がくるので何とかしてほしい」

「近所に猫をたくさん出入りさせて飼う人がいて困る」

という苦情は、単に騒音や悪臭だけの問題として処理できないことになります。

その場合、狂犬病予防法と同じ視点に立った法整備がなされねばならないでしょう。

そして、この法整備は現在の社会風潮と動物愛護行政の方向性からし

「野良猫をどんどん捕獲して、ことごとく殺処分してしまえ」

という内容にはなりえないでしょう。

 

もちろん、人的被害を経た上での法改正を望んでいるわけではありません。

官民一体となって収束に向かわせることが最善の道でしょう。

 

しかし、

日ごろ多くのボランティアさんと接していると、

「社会に対しての公衆衛生学的な貢献度が非常に高い」

「そのことに、ご自身がほとんど気づいておられない」

ということを感じるのです。

ボランティアさんにとって脅威となりうるSFTSという感染症は、

皮肉なことに、そのことを徐々に浮き彫りにしつつあります。

 

さて私は今日、「足が腫れている」という保護猫の往診に行きます。

恐らく咬傷からの細菌感染症かと思います。

しかし、SFTSに感染していないとも限りません。

保護主さんにも注意点をお話しするつもりです。

この日々に終わりが来ることが、いつかあるでしょうか。

保護猫などどいうものが昔はいたなあ、

という日が・・・。

 

f:id:oushinjuui:20181217014604j:image