南の往診獣医さんのブログ

往診獣医が獣医師ならではの視点で動物のこと、社会の出来事、その他の話題についてオリジナルイラスト付きで書いています。

「正の連鎖」ということ

先日、1997年のフロレス島で何が起こったかについて書きました。

多くの方に関心を持っていただいたようです。
少し補足しておきますと、

「何も殺すことはないではないか、発生下においても、周辺地域に先回りしてワクチンを打って回ったら終息させられるのではないか」
という案はもちろん検討に値すると思います。


しかし、ワクチン接種というのは
「ワクチンがあれば実施できる」
という単純なものではありません。

大量のワクチンを準備することも大変ですが、仮にそれが出来たとしても、輸送の問題があります。
ワクチンを保冷したまま現地に届けられるのか。
道なき道、電気も通っていない山奥の村。
接種したワクチンが劣化していては、接種の意味がありません。

さらに、大きな壁となって立ちはだかるのが「教育」の問題です。

例えば、自治体が
「致死率約100%の感染症が近くで発生しています。犬を飼っている方はすぐに役場に届け出て、ワクチン接種を受けさせて下さい」
と広報したとします。

この文章をお読みの皆さん。
自分が当事者であったとして、この広報にどうリアクションを取るでしょうか。

ひとつ言えるのは
「どういう意味だろうか」
で悩む人はほぼいないだろう、という事です。

「役場」とはどう読むのか。
「ワクチン」とはいったい何なのか。
理解はできるはずです。
「何が書いてあるのかわからない」
という方はほとんどいらっしゃらないでしょう。

しかし識字率の低い地域、教育の行き届いていない地域では、注意喚起や広報といったものが正確に伝わらない場合があります。

また、教育は識字率のみの問題ではありません。ワクチンというものを理解するにはある程度、理科や生物の知識も必要です。

狂犬病というのは呪術で治るらしい」
「ワクチンを打たれた犬は死ぬらしい」

こういった流言飛語から生命を守るためには、教育というものは不可欠でしょう。

人や犬の命を守るための「物質」は確かに大事ですが、感染症の問題を解決するために必要なのは教育問題・インフラ整備の問題を含む、総合的な社会問題の解決だということになります。

つまり、私が何を言いたいかというと

「動物愛護や動物福祉の問題は、それのみを切り取って解決するのが困難である」

ということと、

「他の社会問題を解決するとき、それは動物にも『正の連鎖』を与えるような視点で実施されねばならない」

ということです。
『負の連鎖』ではなく、『正の連鎖』です。

これはまた、日本国内おいても同じことが言えます。


具体的に言えば、利便性を高めるための公共事業として道路を拡張するとしましょう。

しかし、住民の立ち退きの結果、行きあてのない動物が生まれるのであっては、総合的に見て社会問題を解決したことにはなりません。

実際に、「引っ越し先は動物を飼ってはいけないことになっているので」
という相談を過去に何例も受けています。
この方々に対しての対応、説得、引き取り手を探すための奔走と、膨大な時間と労力を要します。

本来なら「飼い主なら最後まで責任を持って‥‥」と言いたい所です。
しかしそもそも立ち退きという案件がなければ、この方はそこで一緒に暮らせたはずなのです。

「物質」やその機能だけで物事を考えるとき、一番忘れてはいけないものを見落としていないか。

この視点を欠いては、どの問題も解決しないように思います。

なぜなら、本来はその「一番忘れてはいけないもの」のために「物質」があるはずだからです。




世界は分けてもわからない (講談社現代新書) [ 福岡 伸一 ]