南の往診獣医さんのブログ

往診獣医が獣医師ならではの視点で動物のこと、社会の出来事、その他の話題についてオリジナルイラスト付きで書いています。

獣医学と歴史(1) 〜「検疫」とヴェネツィア〜

ここに、
quarantine
という単語があります。
「検疫する」
という意味です。

昨日、ペストの話をしました。
実はこの単語は、
ペストが生み出したようなものです。

14世紀。
ヨーロッパではペストが大流行していました。
ペストはノミが媒介する動物由来感染症
現代日本でも、一類感染症に分類されます。

当時、この病気が東アジアから伝播し、
ヨーロッパに至った事はほぼ確定しています。

さて、イタリア東北部を支配下に置くヴェネツィア共和国でもペストの被害が拡大していました。

ジェノヴァ共和国との断続的な戦争による
兵士の大規模な移動、物流量の増大と、
感染症の拡大リスクは増す一方。

とは言え、当時のイタリアは小国家の集まり。
国境も不安定で陸路を検疫する事は困難です。

ただし、
「ペストが東から入ってくる」
ことはわかっていました。

地中海の東側、あるいはエジプト。
ここから海路ヴェネツィアに入ってくるもの。
これは、海上で封鎖できるのではないか。

ヴェネツィア共和国海上検疫を実施。
該当地域からの船は30日の間、
海上にとどめ置かれました。
のちに、この日数は40日に延長されます。

40。

イタリア語では、
「quaranta」。

このクワランタ、という言葉が
英語の
quarantine = 検疫する
になります。

当時、船内にはネズミがいたはずです。
ペスト菌を媒介するのはノミですが、
もともとこの菌はネズミで流行していました。

ですから感染したネズミ、媒介するノミ、
感染の可能性のある者や汚染物を一定期間、
沖にとどめ置いて隔離しておく。
これは大変理にかなった検疫方法と言えます。

とは言え。
貿易や流通には大きな影響を与えたでしょう。
経済的損失は大きかったはずです。
しかし、彼らは貿易より防疫を優先しました。

その勇気と判断力は数百年の時を経てなお、
大いに賞賛に値するものです。