往診獣医の事件簿 12 〜「前向きな」老犬〜
夜。
電話が鳴ります。
「うちの犬が、四日間行方不明で」
「ふむふむ」
「それが、今さっき見つかったんです!」
「良かったですねえ」
「まだ溝の下にいるんです!」
「????」
「あっ!消防が来た!今から助け出してもらうんですけど、そのあと診ていただけますか?」
状況がよくわかりませんがどうやら、現場ではこれから救出作戦が展開されるようです。
救出されたあとの事は獣医の仕事のようですから、晩御飯をかきこんで出かけます。
高台にあるそのお宅に到着すると、すでに犬は救出されたあとでした。
老犬です。
毛がゴワゴワでかなり脱水しています。
しかしふらふらと立ち上がる力はあります。
とりあえず、事情を伺いましょう。
「この子、側溝で見つかったんです」
「側溝に?どこから入ったのかな‥‥」
「たぶんうちの前で落ちて。前にもあったんです。そのときは近所の人がすぐ気づいて教えてくれたんですけど‥‥」
「今回はなかなか見つからなかったと」
「近くはよく探したんです。見つかったのはうちから離れたところです」
「側溝には、基本的にふたがしてありますね」
「だからふたの下をかなり進んで行ってたんだと思います。この子全然鳴かないんです。だからどこにいるのか全然わからない‥‥」
認知症になった犬の振る舞いで、気をつけないといけないことがあります。
「バックが苦手」
ということです。
おそらくこの子は何らかの原因で
・自宅前の側溝に落ちた
・後退や方向転換ができないので、側溝のトンネルの中をひたすら前進し続けた
・途中から側溝にはふたがされており、この子も鳴かないので完全に死角となった
・四日後、遠く離れた側溝の中にいる所を発見された
側溝の隙間からライトを当てたとき、この子の毛が見えたそうです。
そして消防士さんに救出され、こうして獣医がやってきたわけです。
ひととおり、点滴を中心とした治療を行います。点滴が終わると、ウエットフードを美味しそうに食べ始めました。
今回、側溝の上にはコンクリートのふたがあり、中には直射日光が当たらず熱中症にはならなかったようです。
また、梅雨時ということもあって適度に雨が降り、側溝の中を水が流れたおかげで水分をそこから摂れたようです。
場所が高台だったことも幸いしました。
低地であれば流れ込んだ雨水で、側溝そのものが水没していたでしょう。
直進しかできなくなった老犬がひとたび外に出てしまうと、意外に広い行動範囲を獲得することがあります。
気をつけたいものです。
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