南の往診獣医さんのブログ

往診獣医が獣医師ならではの視点で動物のこと、社会の出来事、その他の話題についてオリジナルイラスト付きで書いています。

往診獣医の事件簿13 〜君はあのときの〜

もう何年前になりますか。
那覇市の大道(だいどう)あたりへ往診に行った時のことです。

往診先には老犬がいました。飼い主のAさんも高齢の女性です。お一人でこの子を介護していましたが、私がお邪魔している時間にも、惣菜のおすそ分けだとか野菜を持ってきたとか、結構色んな人が訪ねてきました。

「小学校のあたりをね」
犬に点滴していると玄関から会話が聞こえてきます。
「茶色い、毛のちょっと長いのがね」
「最近、毎日だよ」
よく聞くと、どうやら野良犬が徘徊しているようです。

Aさんが戻って来ました。何が起きているのか聞いてみます。
「犬が逃げてますか」
「小学校のまわりをウロウロしてるんですよ」
「近所の犬ですか」
「ここいらあたりでは見かけないねぇ‥‥。その犬、登下校の列について歩いてるんですよ」
「子供が咬まれませんか」
「それがね。小学生に頭なでられると、お座りしてシッポ振ってるんですよ。校門まで一緒に歩いてくんです。子供ずきなのかね」
「きっとどこかで飼われてた犬でしょうね」
「捨てられたんなら、可哀想な話ですよ。きっとその家にも子供がいてね、学校までその子を探しに来てんじゃないかって、みんな話してるんですよ」

それからしばらくして、Aさんのところに再び往診に伺うと
「あの犬、いなくなっちゃいましたよ」
ということでした。
家に帰ったのか、誰かが保護したのか、捕獲されたのか。
いずれにせよ日々あわただしい診療の中で、私もすっかりその事を忘れていました。

それから数年。
那覇市とは隣接しない、八重瀬町のある場所に往診に行きました。
診るのはフィラリア陽性の犬。
幸い、内科的な治療でうまくコントロールできています。
この子は譲渡犬で、動物愛護管理センターから今の飼い主さんが引き取りました。引き取ったときすでにフィラリア陽性だったようです。

さてその日は土曜日で、事情があって私は小学1年生の息子を連れて往診していました。

「おとなしい子だから、なででごらん」
私がそう言うと、息子はおずおずとその子の頭をなでます。
犬はお座りして、目を細めながらシッポを振っています。

「この子は、県から譲渡されたんでしたっけね」
飼い主さんに尋ねます。
「そうです、その前は大道のあたりをウロウロしてたんだそうで‥‥」

茶色い、ちょっと毛の長い犬。
子供好き。
‥‥那覇市大道。
譲渡された時期を確認しましたが、だいたい一致します。

きっとこの子がそうなのだろうと、私はそう思っています。100%確定は出来ませんが、どうもそのように思えてなりません。
子供になでられるときの表情が、実に印象的なのです。

Aさんにも連絡します。
「もし、『あのときの犬はどうしただろうか』と心配している人がいたら、いま大事に飼われているよ、お薬も飲ませてもらっているよ、と教えてあげて下さい」
そうお伝えしました。

昨日も今日も明日も、色々な場所へ向かいます。

この道をいくつもの命が誰かに手をひかれて通って行くのだ、心の中でそう呟いて、また車を走らせます。



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